四分律 卷第四十 三分之四
姚秦罽賓三藏佛陀耶舍、竺佛念等と共に譯す
衣揵度之二
爾の時、瓶沙王、大便道中を患ひて血出ず。諸の侍女、皆共に笑て言く、王、今患ふ所は我が女人の如しと。時に王瓶沙、聞き已て慚愧す。即ち無畏王子を喚て言く、我れ今ま是くの如き病有り。汝、我が爲に醫を覓むべしと。即ち王に答て言く、耆婆童子有り。醫道を善くす。能く王の病を治せんと。王言く、喚び來れと。無畏王子、耆婆を喚び來る。問て言く、汝、能く王の病を治せるや不やと。答て言く、能く治せんと。若し能くせば汝、往て之を治すべしと。時に耆婆童子、瓶沙王の所に往て、前みて王の足を禮し、却て一面に住す。王に問て言く、何に患ひ苦しむ所ぞと。王、答て言く、病、如是如是と。復て問ふ、病、何從り起るやと。王、答て言く、如是如是從り起ると。復た問ふ、患ひ來ること久しきや近しきやと。王言く、患ひ來ること爾許の時なりと。此の如く問ひ已て、答て言く、能く治せんと。時に即ち鐵槽を取り、煖水を盛滿して、瓶沙王に語て言く、此の水中に入れと。王、即ち水に入る。王に語らく、水中に坐せと。王、即ち坐す。王に語らく、水中に臥せと。王、即ち臥す。時に耆婆、水を以て王に灑て之を呪す。王即ち睡る。疾く疾く水を却け、即ち利刀を取て王の苦せらる處を破る。瘡を淨洗し已て、好藥を持て塗る。藥塗り竟て、病除き瘡愈ゆ。其の處、毛生ず。瘡無き處と別ならず。即ち復た還た槽に水を滿たし、水を以て王に灑で之を呪ず。王、即ち覺む。王言く、我が病、治すべしと。答て言く、我れ已に治し竟ぬ。王言く、善く治せりや不や。答て言く、善く治せり。王、即ち手を以て捫摸して看るに、亦た瘡處を知らず。王、即ち問て言く、汝、云何が病を治して、乃ち瘡處有ること無からしめん。耆婆、報て言く、我れ病を治するに、寧ろ瘡處宥らしむべけんやと。時に王、即ち諸の侍女を集て是くの如き言を作さく、耆婆醫、大いに我有を利益す。我を念ふ者は、當に大いに財寶を與ふべし。時に諸の侍女、即ち種種の瓔珞、臂脚釧及び覆形の密寶形の外、寶錢及び金・銀・摩尼・眞珠・毘琉璃・貝玉・頗梨、積んで大聚を爲す。時に王、耆婆を喚び來て語て言く、汝、我を治して病差せり。此の物を以て恩に報はんと。耆婆言く、大王、且く止みね。便ち供養を爲し已る。我、無畏王子の爲の故に王の病を治せりと。王言く、汝、餘人の病を治することを得ず。唯だ我が病、佛及び比丘僧、宮内の人を治せと。此れは是れ耆婆童子、第二の治病なり。
爾の時、王舍城に長者有て、常に頭痛を患ふ。醫の能く治する者有ること無し。時に一の醫有り、長者に語て言く、却る後七年、當に死すべしと。或は言ふ有り、六年と。或は五年乃至一年、當に死すべき者なりと言ふ。或は醫有て言く、七月後、當に死すべしと。或は六月乃至一月、當に死すべしと言ふ。或は言ふ有り、過て七日後、當に死すべき者なりと。時に長者、自ら耆婆童子の所に往て語て言く、我がに病を治せ。當に汝に百千兩金を雇ふべしと。答て言く、能はずと。復た重て語て言く、汝に二百、三百、四百千兩金を與ふと。答て言く、能はずと。復た言く、當に汝が爲に奴と作り、家業一切も亦た皆、汝に屬すべしと。耆婆言く、我れ財寶の少なるを以ての故に汝を治すこと能はずにあらず。王瓶沙、先に我に勅して、汝、唯だ我が病、佛及び比丘僧、宮中の人を治して、餘人を治すことを得ずと言ふを以て、是の故に能はず。汝、今往て王に白すべしと。時に彼の長者、即ち往て王に白して言く、我れ今病有り。願くは王、耆婆に我が病を治すことを聽したまへ。時に王、即ち耆婆を喚で語て言く、王舍城中に長者有て病む。汝、能く治せんや不やと。答て言く、能く治せんと。汝、若し能くせば往て治すべしと。爾の時、耆婆、即ち長者の家に往て語て言く、何に患い苦しむ所ぞと。答て言く、患ふ所は如是如是なりと。復た問て言く、何に從て起るやと。答て言く、如是如是に從て起れりと。問て言く、得て來ること久しきや近しきやと。答て言く、病來ること爾許時なりと。問ひ已て語て言く、我れ能く汝を治せんと。爾の時、耆婆、即ち鹹食を與へて渇せしめて酒を飮て醉わしめ、其の身を繋で床に在らしめて其の親里を集め、利刀を取て頭を破りて頂骨を開き、其の親里に示す。蟲、頭中に滿つ。此れは是の病なりと。耆婆、諸人に語て言く、先の醫の言の如く七年後に當に死すべしと、彼れ是の意を作さく、七年已後、腦盡きて當に死すべしと。彼の醫の是くの如きを不善見と爲す。或は言く、六・五・四・三・二年・一年、當に死すべき者なりと、彼れ是の意を作さく、腦盡きて當に死すべしと、彼れも亦た不善見なり。或は言く、七月乃至一月、當に死すべき者なりと、彼も亦た不善見なり。言ふ有り、七日、當に死すべき者なりと、彼れ是の意を作して言く、腦盡きて當に死すべしと、彼れ善見を爲す。若し今治せず七日を過ぎなば、腦盡きて當に死すべしと。時に耆婆、頭中の病を淨除し已て、酥・蜜を以て置て頭中を滿たし已り、還た髑髏を合して之を縫ひ、好藥を以て塗る。即時に病除き肉滿つ。還た復た毛生ず。瘡無き處と異ならず。耆婆、語て言く、汝、先要を憶するや不やと。答て言く、憶す。我れ先に此の要有り。當に汝の爲に奴と作て家業一切悉く當に汝に屬すべしと。耆婆、言く、且く止みね、長者。便ち供養を爲し已ぬ。還た初めの語を用ふ。時に彼の長者、即ち四十萬兩金を與ふ。耆婆、一百千兩を以て王に上る。百千兩は父に與へ、二百千兩自ら入る。此れは是れ耆婆第三の治病なり。
爾の時、拘睒彌國に長者の子有り、輪上に嬉戲して、腸、腹内に結して食飮消せず、亦た出すことを得ず。彼の國に能く治す者無し。彼れ摩竭國に大醫有て善く能く病を治すことを聞く。即ち使を遣て王に白く、拘睒彌長者子の病、耆婆、能く治せん。願くは王、遣來したまへと。時に瓶沙王、耆婆を喚で問て言く、拘睒彌長者子の病、汝、能く治するや不やと。答て言く、能くすと。若し能くせば、汝、往て之を治すべしと。時に耆婆童子、車に乘じて拘睒彌に詣る。耆婆、始て至る。長者の子、已に死して、伎樂送出す。耆婆、聲を聞て即ち問て言く、此れは是れ何等の伎樂鼓聲なりやと。傍人、答て言く、是れは汝、爲に來る所、長者の子、已に死せり。是れは彼の伎樂の音聲なりと。耆婆童子、善く能く一切の音聲を分別す。即ち言ふ、語て迴還せしめよ。此れは死人の語に非ず。已にして即便ち迴還す。時に耆婆童子、即ち車を下て利刀を取り、腹を破て腸の結處を披き、其の父母・諸の親に示して語て言く、此れは是れ輪上に嬉戲して腸を結せしむ。是くの如くして食飮消せず。是れ死に非ざるなりと。即ち爲に腸を解き、復た本處に還して、皮を縫ひて肉合し、好藥を以て之に塗る。瘡、即ち愈へて毛還た生ず。瘡無き處と異ならず。時に長者子、即ち耆婆に四十萬兩金を報ず。婦も亦た四十萬兩金を與ふ。長者の父母も亦た爾なり。各四十萬兩金を與ふ。是れ耆婆童子、第四の治病なり。
爾の時、尉禪國王波羅殊提、十二年中、常に頭痛を患ふ。醫の能く治する者有ること無し。彼れ瓶沙王に好醫有て善く能く病を治することを聞く。即ち使を遣して王に白く、我れ今病有り。耆婆能く治せん。願くは遣し來て我が爲に之を治せと。時に王、即ち耆婆を喚で問て言く、汝、能く波羅殊提の病を治するや不やと。答て言く、能くすと。汝、往て之を治すべしと。王、語て言く。彼の王、蠍中從り來る。汝、好く自ら護せ。自ら命を斷つこと莫れと。答て言く、爾りと。時に耆婆童子、尉禪國に往て、波羅殊提の所に至る。足を禮すること已て一面に在て住ず。即ち王に問て言く、何に患ひ苦しむ所ぞと。答て言く、如是如是病むと。問て言く、病、何從り起ると。答て言く、如是如是從り起ると。問て言く、病來ること久しきや近しきやと。答て言く、病來ること爾許の時なりと。次第して問ひ已て語て言く、我れ能く治せんと。王言く、若しは酥、若しは雜酥を以て藥と爲せば、我れ服すこと能はず。若し我れに雜酥の藥を與へば、我れ當に汝を殺むべしと。是の病、餘藥は治せず、唯だ酥のみ則ち除く。耆婆童子、即ち方を設て便ち王に語て言く、我等醫法、病を治するに朝晡・晨夜、隨意に出入せんと。王、耆婆に語く、隨意に出入することを聽すと。復た王に白して言く、若し貴藥を須めんには、當に急乘騎を得べし。願くは王、疾き者を給することを聽したまへと。是の時、王、即ち日に五十由旬を行く駝を給す。即ち王に醎食を與へて食はしめ、屏處に於て酥を煎じて藥と爲す。水色・水味と作し已り、持て王母に與へて語て言く、王、若し眠り覺め、渇して水を須ふる時、此れを持て與へて之を飮ましむべしと。水を持て王母に與へ已り、即ち五十由旬の駝に乘て去る。時に王、眠り覺め、渇して水を須ふ。母、即ち此の水藥を持て之を與ふ。藥、消せんと欲する時、酥氣有ることを覺る。王言く、耆婆、我に酥を與へて飮ましむ。是れ我が怨家なり。何ぞ能く我れを治せんや。急に往て覓め來らしむ。即ち耆婆の住處に往て之を覓むるに得ず。守門人に問て言く、耆婆の在る所ぞと。答て言く、五十由旬の駝に乘て去れりと。王、益怖懼す、酥を以て我に飮ましむ。是れ我が怨家なり。何ぞ能く我れを治せんやと。時に王、一の健歩有り、名けて烏と曰ふ。日に六十由旬を行く。即ち喚び來る。王、語て言く、汝、能く耆婆童子を追ふや不やと。答て言く、能くすと。汝、往て喚び來るべしと。王言く、彼の耆婆、大いに技術を知る。其の食を食すること莫れ。或は汝に非藥を與へんと。答て言く、爾り。王の教を受くと。耆婆童子、去て中道に至り、復た畏懼せず。便ち住して食を作す。時に健歩烏、耆婆に及ぶことを得、耆婆に語て言く、王波羅殊提、汝を喚ぶと。即ち言く、當に去るべしと。耆婆、烏に食を與ふも肯へて食せず。時に耆婆、自ら一の阿摩勒果を食して半ばを留め、一器の水を飮んで復た半ばを留む。爪の下に非藥を安じて水果の中に沈著す。烏に語て言く、我れ已に半果を食し半水を飮む。餘の半果半水有り。汝、之を食ふべしと。烏、即ち念じて言く、彼れ自ら半果を食し半水を飮み、半を留めて我に與ふ。此の中、必ず當に非藥有ること無かるべしと。即ち半果を食し半水を飮み已る。便ち啑を患ひて復た去ること能はず。復た藥を取て烏に前に著け、語て言く、汝、某時某時に此の藥を服せ。當に差ゆべしと。耆婆童子、即便ち五十由旬の駝に乘り行て復た前に去る。後、王と烏の患ふ所、倶に差ゆ。波羅殊堤王、使を遣して耆婆を喚で語て言く、汝、已に我を治して病を差す。來るべし、汝、彼の國に在て得る所の多少、我れ當に倍を加へて汝に與へんと。耆婆言く、且く止みねと。王、便ち供養を爲し已る。我れ瓶沙王の爲の故に王の病を治すと。時に波羅殊提、一の貴價衣の價半國に直ふを送て、耆婆に語て言く、汝、肯て來らず。今、汝に此の衣を與へ、以て相ひ報ふに用ふと。此れは是れ耆婆、第五の治病なり。
爾の時、世尊、水を患ふ。阿難に語て言ひたまはく、我れ水を患ふ。除去することを得んと欲すと。時に阿難、世尊の言を聞て王舍城に往き、耆婆の所に至て言て語く、如來、水を患ふ。之れを除かんことを得んと欲したまはふと。爾の時、耆婆、阿難と倶に佛の所に往く。頭面禮足して却て一面に住し、佛に白して言く、如來、水を患ふやと。佛言く、是くの如し、耆婆。我れ之を除かんと欲すと。佛に白して言く、幾下を須ひんと欲したまふやと。答て言く、三十下を須ふと。時に耆婆、阿難と倶に王舍城に往き、三把の優鉢花を取て、還た其の家に詣る。一把の花を取て、藥を以て之を熏じ、并に復た呪して説く、如來、此れを嗅て十下を得べしと。復た第二把の花を取り、藥を以て之を熏じ、并に復た呪して説く、之を嗅で復た十下を得べしと。復た第三把の花を取て、藥を以て之を熏じ、并に復た呪して説く、之を嗅で九下を得べしと。復た一掌の煖水を飮めば、一下と風、即ち隨順することを得るに足ると。三把の花を以て、阿難の手の中に置く。時に阿難、華を持て王舍城を出で、世尊の所に詣る。一把の花を持て、世尊に授與したまふ、如來、之を嗅ぎ、十下を得べしと。復た第二把を授けたまひ、更に十下を得んと。第三把、復た九下を得んと。爾の時、耆婆、阿難に佛に煖水を與ふるを語ることを忘る。爾の時、世尊、耆婆の心に念ずる所を知り、即ち阿難を喚で煖水を取り來らしむ。爾の時、阿難、世尊の教を聞て、即ち煖水を取て佛に與へたまふ。佛即ち一掌の煖水を飮み、患ひ即ち消除して、風亦た隨順す。
爾の時、王瓶沙、佛に患ひ有るを聞て、八萬四千人と倶に前後導從して世尊の所に詣り、世尊を問訊して頭面禮足し、却て一面に坐ず。時に憂填王、世尊の患ひを聞て、亦た七萬人を將て倶なり。波羅殊提王、六萬人と倶なり。梵施王、五萬人と倶なり。波斯匿王、四萬人と倶なり。末利夫人、利師達多富羅那、四大天王及び諸の營從、釋提桓因、忉利の諸天と倶なり。炎天子、炎天と倶なり。兜率天子、兜率の諸天と倶なり。化樂天、化樂の諸天と倶なり。他化自在天、他化自在天と倶なり。梵天、梵天と倶なり。摩醯首羅天子、摩醯首羅の諸天と倶なり。世尊の所に往て、頭面禮足し却て一面に住ず。時に舍利弗、世尊の病を聞て、五百の比丘と倶に世尊の所に往て頭面禮足し、却て一面に住す。爾の時、摩訶波闍波提比丘尼、世尊の病を聞て、五百比丘尼と倶なり。阿難賓坻、五百の優婆塞と倶なり。毘舍佉母、五百の優婆夷と倶なり。世尊の所に詣て頭面禮足し、世尊を問訊す。時に提婆達多、世尊の病を聞て、世尊の所に詣り、頭面禮足して却て一面に住す。爾の時、提婆達多、世尊の前に四部の衆會することを見て、是くの如く念を作さく、我れ今ま寧ろ藥を服すべし。佛の如く四部の衆をして來て我を問訊せしむべしと。即と耆婆の所に往て語て言く、我れ佛が服する所の藥を服せんと欲す。汝、我に藥を與ふべしと。耆婆言く、世尊服したまふ所の此の藥、那羅延と名く。此の藥、是れは餘人の服する所に非ず。轉輪王を除く。成就菩薩、如來は乃ち能く之を服すと。提婆達多、語て言く、若し我れに與へざれば、我れ當に汝を害すべしと。爾の時、耆婆、命を奪れるを畏れるが故に、即便ち之を與ふ。提婆達多、此の藥を服するを以ての故に、即ち重病を得、身心倶に苦しむ。獨り一己有て更に餘人無く、亦た親厚無し。是くの如き念を作さく、我が今日の如き、救ふ者有ること無し。唯だ如來のみ有りと。爾の時、世尊、提婆達の心の念ひを知り、耆闍崛山從り身から施藥の光明を出して、以て提婆達多を照す。一切の苦痛をして即ち休息せしむことを得せしむ。爾の時、提婆達多、病差え未だ久しからずして、王舍城の巷陌に往て唱令す、太子悉達多、轉輪王を捨て出家し道を爲すに、今ま醫藥を行じて自活す。何を以て之を知る。我が病を適治して差るが故に知ると。時に諸の比丘、聞く。少欲知足有て頭陀を行じ、學戒を樂て慚愧を知る者、提婆達多を嫌責す、如來の慈愍、而も更に反復すること無しと。爾の時、比丘、世尊の所に往て頭面禮足し已り、佛に白して言く、未曾有なり、世尊の慈愍。提婆達多、而も更に反復あること無しと。佛、諸の比丘に告げて言く、適ま今日の慈愍、提婆達多、而も反復無きのみに非ず。何を以ての故に。乃往過去世の時、王有て一切施と名く。閻浮提王と作る。時に閻浮提、國土平博にして、人民熾盛豐樂なること比ひ無し。時に閻浮提、八萬四千の城有て、五十億の聚落有り、六萬の邊城有り。爾の時、病人有て、一切施王の所に詣り、王に白して言く、我れ今、救護有ること無し。唯だ王有るのみと。爾の時、王、閻浮提の諸醫を集て、此の病人を示す。王、諸醫に問ふ、此の病人の如きは當に何の藥を須ふべきと。諸醫、病を看已て王に白して言く、此の病人の如きは、常人の能く藥を與ふる所に非ず。唯だ成就菩薩有て、能く藥を與ふるのみと。王問ふ、何の藥を須ふとすやと。醫言く、此の病人、若し慈心の菩薩の生肉・生血を得て、之を食はば、二十九日にして乃ち差ゆることを得んと。一切施王、心に念じて言く、生死長遠にして輪轉、際り無く諸の苦惱を受く。或は地獄・餓鬼・畜生に墮し、脚を截られ、手を截られ、耳を截られ、鼻を截られ、眼を挑られ、頭を斫かれ、竟に何の益する所か。即ち國を以て諸臣に付囑し、内靜處に入り四無量行を思ふ。爾の時、一切施王、即ち利刀を取て髀裏の肉血を割き、人をして送て病者に與へしむ。是くの如くして二十九日を經。後に王、使人に問ふ、病人云何と。王に答て言く、已に差ゆと。王言く、將ひ來れ、之を看んと。時に即ち病人の爲に洗浴して新衣を與へて著せしめ、將ひて王の所に詣る。王、問て言く、汝、病云何と。答て言く、已に差ゆと。王言く、汝、意に隨て去れ。時に彼の人、門を出るに、右脚、地を蹴て血出づ。餘人、之を見て問て言く、男子、汝が脚、何の故にか血出るやと。即ち言く、彼れは非法の王、弊惡の王、非法婬著の王、貪著して邪見を樂ふ王なり。彼の門の中に於て、脚、此の閫を蹴り、我が脚をして壞し血出らしむこと是くの如しと。彼の諸人、言く、未曾有なり、反復無き人。一切施王、二十九日、身の血肉を以て治して差えしむことを得。而も王の所に於て反復有ること無しと。佛、諸の比丘に告げたまはく。爾の時、一切施王は我が身、是れなり。時の病人は、今の提婆達多、是れなり。我が前世の時、慈心、之を愍む。而も反復無し。今も亦た是くの如く、反復有ること無し。爾の時、世尊、提婆達多の爲の故に、此の偈を説て言く、
一切諸の山海、我れ以て重しと爲さず。
其の反復無き者、我れ此れを以て重しと爲す。
反復有ること無きの報ひ、癩病・惡疾の苦、
或は白癩病を受く。反復無きは是くの如し。
是の故に諸の比丘、應に報恩を念ずべし。應に反復を存すべし。當に是くの如く學ぶべしと。爾の時、耆婆童子、世尊の病を瞻視して、吐下湯藥及び野鳥の肉を煮て差ゆることを得。是れ耆婆童子、第六の治病と爲す。